みのりの眼

投稿者名:みのりの眼

ルネ・ド・カステラ 生誕150周年記念 vol.2 レポート

ルネ・ド・カステラ。
全く知らない作曲家で、今回の演奏家のお三方も初めて知ったとおっしゃっていました。
そんなマニアックな企画でも、演奏家の方々のファンのお客様の演奏家への信頼からか、若いお客様も多く、若いお客様の未知のものに対する柔軟なご姿勢が伺えました。

この演奏会の最初の曲はホアキン・トゥリーナ『円環』でしたが、こちらも初めて聴く曲。
親しみやすくスッと入り込め、抵抗なく心を掴まれる曲だと思います。
プログラムノートをお願いしている音楽学者の椎名亮輔さんの解説によると、楽章毎に「夜明け」「正午」「たそがれ」とあり、一日の循環・円環を表しているそうですが、そんなこの曲の構想そのものが今回のプログラムの構想とも重なり、まさに爽やかで軽快なトゥリーナ『円環』が朝にあたり、全体の構想を象徴する入子式の曲順だったように思えます。

トゥリーナの『円環』の構想に倣いますと、今回のプログラムでは「正午」の部分がラヴェルのピアノ三重奏にあたります。
まさかこの難曲が生演奏で、決して大きなホールとは言えないことが功を奏した、こんな至近距離で聴けるとは思ってもいませんでした。
大迫力の大熱演。

硬質で透明感のある蓜島さんのピアノがラヴェルによく合い、山本さんの精緻で確かなヴァイオリン、安心感のある山根さんのチェロ、3人の演奏家がどなたも、どんな曲を弾いても「自分の音楽」にしてしまうタイプの演奏家ではなく、楽曲そのものを大切にする奥ゆかしいタイプの演奏家で、どの曲も楽曲自体の良さがストレートに感じられてとても良かったです。

今回の演奏会のタイトルともなった日本初演のカステラ。
人生の秋から冬にかけて、都会で忙しく働き波瀾万丈の大活躍をした物語の主人公が、引退を経て自然豊かな故郷に戻り、穏やかな晩年を過ごしているかのような曲。
良い意味で民族的で土臭く、穏やかな日常にもさざなみのような波乱やイベントもあり。
たとえ第一線を退いたとしても、生き生きとした人の一生は続く。それは思っているよりもずっと豊かで長いものかもしれません。

アンコールはラヴェル『クープランの墓』より「メヌエット」。
この曲は切なく悲しげだったり、ミステリアスに聴こえることもありますが、この演奏会のアンコールとしてこのトリオが奏でると温かみを感じ、多幸感と共に大満足な終演を迎えられました。

(文責:前原麗子(みのりの眼スタッフ))

フェデリコ・モンポウ生誕130年記念公演「カタロニアの風」レポート

毎回、あまりにマニアックでニッチな企画のため、集客に苦労するみのりの眼のコンサート。
堅苦しく難解で馴染みのないものばかりでは?と思われるからかもしれません。
ただ、ひとたびその蓋を開けてみると、ほぼ初めて聴くその音楽は優しく穏やかで、疲れた心と身体にもスッと入り込む親しみやすいものばかり。
いつも聴く前には「わからない」ことに気後れして身構えてしまうのですが、その内容はギャップ萌えならぬギャップ癒しに遭って面をくらい、予期せぬ幸福感に包まれて帰路につくのです。

今回はフェデリコ・モンポウ。
モンポウはピアノ曲では聴いたこともあるかもしれませんが、ギターの入った弦楽アンサンブルで、世界初演曲も含む全て日本人編曲。
合唱曲『気球に乗ってどこまでも』の作曲者でもある平吉毅州さんの編曲、ギターと弦楽四重奏のオリジナル曲を軸に、今を生きる若手作曲家の松崎国生さん、今回のギター演奏者の徳永真一郎さんの編曲も加わります。

1986年に平吉毅州さんにより、ギタリスト鈴木一郎さんのために書かれたモンポウのギターアンサンブル編曲が、今こうして現代の日本の作曲家やギタリストたちによって受け継がれ広がりを見せていく。平吉毅州さんの仕事の一雫が、約40年後の今、若い日本人音楽家たちの手で再びモンポウとギターを繋ぎ、命を吹き込んだ演奏会でした。

スペイン、カタロニアというと、先入観からもっと光と影のコントラストの強い、明暗のくっきりした音楽を想像していましたが、実際にはその光と影はコントラストではなく、グラデーションとなっているかのような、非常に穏やかで繊細な音楽でした。これはギタリストの徳永さんの持つ資質も大きく影響しているのかもしれません。
ショパンやサティになぞらえることもあるモンポウの作曲のせいか、日本人の編曲と演奏のせいか、リズムやハーモニーの構造よりもメロディの強い歌心のある音楽だと感じます。 各自それぞれ違うパートを違う楽器で演奏しているのに、同じ旋律をユニゾンで歌っているかのような不思議な感覚です。

音楽学者の椎名亮輔さんによるプログラムノートに、モンポウの言葉としてこんな引用がありました。
「オレンジの木にオレンジ以外のものを求めてはいけない。ー中略ー 無理をして、自分の性格に合わない大規模な作品やオーケストラ作品を書くべきではないと思う。」
カタロニアのオレンジが、日本の地で芽吹き、その実を結実させたのだと思いました。

無理をして世の中で良いとされた誰かのようにならずとも、自分自身が自分自身のまま結実すれば良いのだ。
受け取り方は人それぞれですが、この演奏会の音楽を陳腐な言葉にまとめると、今のこの息苦しい日本で、このタイミングで、そんな未来へのメッセージでもあったような気もします。
これからもそんな説明や解説のその先にある何か言葉にはならぬ善きものを、音楽でお伝えすることが出来れば幸いです。

(文責:前原麗子(みのりの眼スタッフ))

倉田莉奈 コンセプチュアル・リサイタル vol.5 レポート

全5回に渡る倉田莉奈さんのコンセプチュアルシリーズ、今回が最終回の第5回目。
テーマは「いのりのおと」。

「祈り」というと有名な宗教曲ばかりが並ぶかと思いきや、そこは倉田さんのセンスが光るさすがの選曲。
穏やかな日もあれば、悲しく切ない時も、取り乱し錯乱しそうな時も。 そんな人一人、どんな人にも誰にでも起こり得る、日常の中で生きることそのものを俯瞰するかのような70分の物語。

誰かの一生を押し付けがましくなく、暖かく、寛容に見守る祈り。
その誰もが尊く、どの瞬間も尊く、それが「いのりのおと」となる。

言葉で書いてしまうと陳腐ですが、通常のコンサートよりも著しく明かりを落とし、拍手も休憩もない静寂の中で、ただ音楽に耳を傾けていると、きっとどの人にもそれが伝わっていたのではないかと思います。

それがコンセプトの説明ありきの現代美術とは大きく異なる点で、全ての演出、選曲、音楽そのものが、なんの言葉や説明を介さずともその真意が伝わるのです。
それはこの日この場で体感するパフォーマンスとして、大変に意義のあるものでした。

このシリーズ以前に倉田さんの演奏を聴いた際見えた、数少ない色で彼女の印象を判断してしまっていましたが、こんなにも引き出しの多い、様々な色の、大きな音楽をも持った音楽家であったことをまざまざと思い知らされた全5回のシリーズ。

この日の最後はベートーヴェンのピアノソナタ30番でしたが、失礼ながら最初の印象からはこんな大きな演奏が聴けるとは思いませんでした。

休憩なしで難曲の並ぶ、このハードなコンサートのシリーズは、きっとご本人の消耗も激しかったことかと思います。
それでもコンサートという場で出来る新たな可能性を、未来を見せてくれたこと、そしてそれを共有して下さった、ご来場いただいた全ての皆様に深く御礼申し上げます。

(文責:前原麗子(みのりの眼スタッフ))

ルネ・ド・カステラ 生誕150周年記念 vol.1 レポート

『ルネ・ド・カステラ生誕150年記念 カステラとその周辺 〜フランス南部に響く心の音楽〜 』その第一回公演は、昨日満員のお客さまをお迎えして無事終了致しました。ご来場いただいた皆さま、また応援いただきました皆さま、誠にありがとうございました!

ルネ・ド・カステラの日本初演の歌曲、チェロ曲、そして昨年の日本初演後の再演となる「コンセール」を後半に、前半はカステラと繋がりが深かったセヴラック、ルーセル、そしてラヴェルの作品で構成された2時間を超えるプログラムでしたが、多くの皆さまにご満足いただけたようでホッとするとともにとてもうれしかったです。

まずは拙いナビゲーションに対するご批判が少なからずあったことについては真摯に受け止めて、次回以降の改善に繋げたいと思います。ご不快に思われた方については深くお詫び申し上げます。

しかし本編の演奏に対しては、相変わらずたくさん残された貴重なアンケートの全てが大絶賛ばかりで、また初めて聴くカステラの作品に対しても気に入っていただけたことも判断できて、企画者としてはその冥利に尽きる思いです。

カステラのメモリアルイヤーとは言え、彼の作品だけのプログラムにするのでなく、繋がりがありつつ、それぞれ作風の異なる同時代の作曲家の作品も並べることによって、19世紀末から20世紀の大戦期くらいまでのフランス音楽の多様な状況からカステラの位置を捉えていただくという目的もある程度伝わったのではないかと思います。

その中で明らかに秀でたラヴェルの作品を聴いた上でも、カステラの作品を聴いてその再演さえも望んでいただける声が多かったことで、「みのりの眼」の活動原理の2つ、すなわち「生の音楽を聴く新たな喜びを提供する」と「世の中で知られずにいる素晴らしいものに陽の目を当てる」がある程度達成されたと考えています。

しかしこれらは出演してくださった音楽家の皆さんの素晴らしい演奏やその他のご協力があってのことです。企画趣旨を理解いただき、そのそれぞれの楽曲に対して共感いただいたからこそ、あれほどの密なアンサンブルが実現したと思います。演奏家の皆さまにも感謝いたします。本当にありがとうございました!

お客さまも音楽家の皆さまも再演を望む声が多いので、その実現に向けてまた頑張りたいと思います。今回いらっしゃれなかった方もぜひいらしてください。

そして11月23日(祝)には第二回として、ホアキン・トゥリーナ、ラヴェル、そしてカステラのピアノ三重奏曲のコンサートを開催します。カステラのピアノ三重奏曲も名作の誉れ高い作品です。ご都合つく方はぜひいらしてください!